疑うファースト

疑うことを悪とする考え方って、視野が狭いと思います。

というのも、疑うことって、自分の頭でしっかり考えて、世界や他者との関係を見直すための大切なプロセスだからです。

それを「悪いこと」と決めつけてしまうと、自分が今いる立場や信じていることに対して、成長する機会を逃してしまって、ただ受け入れるだけの人になってしまいますよね。

なので、もったいない。非常に。

自分で考えることをやめてしまうと、自分らしさも失ってしまい、結果的に周りに流されてしまいますからね。

だからこそ、疑うことってとても大切なんです。

疑うことは、言い換えれば好奇心とも言えますよね。

「本当にこれが正しいのか?」とか「この人は本当に信頼できるのか?」と考えることは、自分の価値観や信念を守るための大事な手段ですし、より良い答えを見つけようとする前向きな姿勢でもある。

誰かに言われたことをただ「そうですね」と受け入れるだけでは簡単ですが、それでは面白くないし、自分の意見を持たない人になってしまいますよね。

なので、あらゆるものに疑いの目を持って方がいい。

そうやって、疑った上でそれでも信じられる人や物に出会えたときって、結構感動するもので。

最初は「本当にこの人を信じても大丈夫かな?」と思っていた相手でも、時間をかけてしっかり見極めて、自分なりに疑いを解消できたときの信頼感は、非常に深いものですし、その結果生まれる絆もとても強いくなるんですよね。

それって、単に「みんなが言っているから信じる」といった浅い信頼とはまったく異なる次元です。

そういった相手とは、仕事でもプライベートでも良い関係を築けます。

まるで、お互いに信頼し合って背中を預けられるような関係、そんなの素敵ですよね。

さらに、疑うこと自体が人として成長するために必要なプロセスだと思います。

新しい環境に飛び込むときや、新しいアイデアを試そうとするときに「これって本当にうまくいくのかな?」と疑問を持たないと、ただ流れに任せてしまい、失敗するリスクが高まりますし、逆に成長のチャンスを見逃してしまうこともあります。

それに、他人を疑うことで、自分に本当に合った信頼できる人や、同じ価値観を持つ人を見つけられることもありますよね。

それって、人生を豊かにするためにとても大事なことだと思いませんか?

ですから、疑うことは決して悪いことではなく、むしろ自分の人生をより面白く、そして深く生きるための手段だと考えています。

疑うことで、人や物事の本質を見極められますし、そこから自分自身の生き方や価値観もさらに磨かれていくものだと思うんです。

信じるに値する人や物に出会えるかどうかって、ただ運に任せるのではなく、自分でしっかりと判断するべきことだと思います。

それでも、信じられる相手に出会えたときには、心の底から「この人と一緒にやっていきたい」と感じられる。絶対に。

それって最高の体験だと思いますし、その瞬間を大切にするためにも、疑うことを恐れずにいたいと感じます。

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